【実話】『突入せよ!「あさま山荘」事件』映画で描かれなかった泣けるエピソード。

「あさま山荘事件」は、1972年の2月19日から2月28日にかけて起こった立てこもり事件です。


銃を持った連合赤軍のメンバー5人による、人質を取った立てこもり事件…


母親にさえ発砲し、説得にも応じず、さらには死者まで出てしまい


ついに警察は突入をすることに決めます(犯人側の要求もなかったから交渉ができず)。


この事件はリアルタイムで放送されたらしくて(私は生まれてないので見ていないけど)


クレーン車に吊った鉄球で壁と屋根を破壊して突入したそうです。


映画でも、鉄球で破壊するシーンがあって


その後の激しい銃撃戦により血を流し倒れていく警察官たちの姿も……。


さて、そんな激しい銃撃戦と心理戦が描かれた『突入せよ!「あさま山荘」事件』ですが


映画では描かれなかったエピソードがあります。


少し前置きが長くなりましたが、そのエピソードについて書いていきますね。


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あらすじ


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1972年2月19日。連合赤軍の5人が「あさま山荘」に女性ひとりを人質に立てこもった。


それにより長野県警と警視庁の猛者たちが繰り広げた、10日間にも及ぶ攻防が始まる。


「人質を必ず生きて救出すること」が、男たちに与えられたただひとつの使命だった。


突入を決めた警察。クレーン車を動かしたのは…?

人質を救出するため、ついに突入することを決めた警察。


実は、その協力者に民間人がいたそうです。


そう、クレーン車を動かすため。


犯人は銃を持っている。自分が殺されてもおかしくはない。


そんな状況だけど、人質を助けるために協力したのです。

「行ってきます」

これは母から聞いた話なのですが…


母は、当時「協力者の家族へのインタビュー」を観たことがあるそうです。


実は、協力した民間人は家族には何も知らせていなかったようで家族が知ったのは事件後だという話。


どうやら、心配をかけたくないと何も言わずにいつも通りに出かけたそうで…。


もしかしたら自分は死んでしまうかもしれないけど、家族には言えない。それでも人質は助けなければ…。


どんな気持ちで「行ってきます」と出かけたのかと思うと、めっちゃ泣けます。




まとめ

10日間に及ぶ人質たてこもり事件。


映画でも警察官の苦悩や犯人との攻防戦…犯人側の話などが描かれていて


見ごたえのある作品でした。


流血シーンがあるので、それでも大丈夫だという方にぜひ見てほしいです。