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小学生の生き様と老婆の敗北を見た日。

子どもというのは、どうでもいいところで自身の生き様を見せることがある。


時と場合を選ばないのが子どもだ。


と思うようなことがあった。


それは


買いたい物があって100均に行ったときのこと。


小学1年生くらいの女の子と祖母らしき女性の揉める声が聞こえてきた。


チラッとそちらを見ると


何の用途かわからない鈴をカゴに入れようとする女の子の姿とそれを阻止しようとする祖母の姿が。


女の子「これ欲しい!!」


おばあちゃん「そんなの買わない!!」


女の子「いや!!これ買う!!」


おばあちゃん「(小声)他のお店でいいもの買おう。」


よくある光景だ。


多分、おばあちゃんはもっと値が張るおもちゃを買ってあげたかったんだと思う(お店の人に悪いから小声で言い聞かせてたと思う)。


そんな用途のわからない鈴、数分後には興味を失っていると思う。


私でも全力で阻止するだろう。


頑張れ、祖母。と心の中で応援していたが


女の子「いや!!私は諦めない!!諦めない心を持ってるから!!」


なんということだ!


諦めない心…素晴らしい!といきたいところだが、


どこで見せてるんだとツッコミたい。


こんな素晴らしい言葉なのに、時と場合によって何て厄介な言葉に変わるのだろう。


鈴を諦めるか諦めないのかという話であれば、「別の店にもあるよ」ということで、とりあえず店を出ることができる。


問題は、買うことに対して諦めない心と言っている場合だ。


この場合、買わないこと自体が「諦めない心」を否定することになる。


否定したらどうなるのだろう。


きっと、勉強やスポーツの場面で


「諦めない心はダメなんでしょう?」


と言うに違いない。


想像するだけで厄介だ。


さっきまで祖母の味方だった私は


「あんたの完敗だよ」


と思いながら店を出た。